三日目の報告、地震と津波は復旧できる。ご遺体の身元判明(8月5日)

全教 東日本大震災救援ボランティア参加報告その3

今日(8月5日)は昨日に続いて、育苗箱の泥落としと塩分除去の作業をしました。

(別のチームは、仮設住宅への野菜配り。…以下寝屋川の東さんの報告・・・・・・・

今日いった仮設は石巻一大きい所。1人暮らしのサイズは押し入れを入れて2k。暑くて座りこんでぽつぽつ しゃべる男性が印象的でした。みなばらばらに来ているので近所付き合いはなく、これからというかんじ。いる人は三分の一。暑いから外にでず。 子ども、年寄り多し。持っていったものの無料販売は、完売。
一日目に紹介されたポプラ社の本ーふたたびここからー池上正樹著者の写真 です。
 また、別のチームは、一日目の西光寺墓地整備もあったそうです。)
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僕たちは、11時からは、近くの避難所で、紙芝居や絵本を、子ども8名、大人2名のみなさんに見ていただきました。兵庫県と大阪府立の特別支援学校の先生も一緒にやりました。

長谷川義文の「大阪にはうまいもんがあるんやで」の読み聞かせ、「まんまるまんま、たんたかたん」の紙芝居、はらぺこあおむしの大型絵本、じごくのそうべえの模造紙大の手作り紙芝居のラインアップでやりました。

やってる途中から付き添って来たお母さんも「面白そう」と正面に座られて見てくださいました。吉永さんはシャボン玉をプレゼント、避難所にいたお年寄りから、「大阪弁が聞けて良かった。」と労いの言葉をいただきました。
時間が30分と限定されたので、一緒に行った畑山さんの「めっきりもっきらどおんどん」はできませんでした。

一日目に西光寺の墓地の瓦礫の中から発見されたご遺体の身元が、「○○さん73歳の男性と判明、」と地元紙報道。お盆を前に少し「ほっ。」としました。

なお、石巻市の小学校で児童の7割の犠牲者を出したところがあったそうです。石巻市の被災の実情は、2011年5月24日発行の「大津波襲来、石巻地方の記録」三陸河北新報社に詳しい。関心のある方は、支援のためにも、メールなどで直接注文をどうぞ

帰りのバスで全教の北村委員長から、全国から寄せられた義援金は7000万円近くで、各地の教育委員会に「子どもと学校に直接役立てて欲しい。」と義援金を届けに行った報告がありました。

訪ねた所では、どこでも歓迎されたこと、異口同音に訴えられたことは、学校の再建(改修や建て替え等)が急務なのに、国の復興の取り組みが遅いこと早く手を打ってほしい。だったそうです。(詳しくは、全教のhomepage参照)

参加者の感想で、新潟の高校の方が、「10日前に南相馬市を訪ねたが、福島原発に向かう道路は機動隊が道路を封鎖し、田畑は荒れ放題に放置されていた。宮城県に来て「まだまだ復旧は大変だけど、地震と津波は復旧できる。日本にゴーストタウンを作った原発事故は許せない。」と言われたのと、枚方市の青年が、「被災地の実情を見たいのとボランティアに参加したい。という願いをかなえてくれた、全教本部に感謝します。」との発言が印象的でした。(確かに、仙台は明日から七夕、他の町でも東北地方は夏祭りで250名の宿の確保等、大変だったようだ。)
以上、報告終わります。
最後に一言、現地派遣に協力してくださった方、このメールに三日間お付き合いくださった方、一緒にボランティアで頑張ったみなさんに感謝します。
テレビや新聞報道だけでは分からない、生の匂い、景色を体験し、一人一人のエピソードを聞けて良かったです。

何時になっても、福島県、宮城県、岩手県を訪ねられることをお勧めします。(中路)